鳥取大学 農学部 多様性生物学研究室

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鳥取県のマダニ類に関する研究

マダニ類とは

  • マダニ類は、マダニ科(Ixodidae)に属すダニ類の総称です。マダニ類は、幼虫、若虫、成虫と脱皮をして成長しますが、全てのステージで脊椎動物の血液を吸って栄養源する吸血動物です。野生動物の血液を吸っているだけなら良いのですが、偶然にヒトに付着した場合はヒトからも吸血も行います。
        一度、吸血されると数日(10日以上のときも)付着するため、普通は、「気持ち悪い」と感じるでしょう。しかし、マダニ類に吸血されると「気持ち悪い」だけでは済まないことがあります。それは、マダニ類の吸血のシステムと関係があります。マダニ類は吸血の際、吸うだけでなく、血液が凝固しないための物質などを注入します。この注入の際に、マダニ類の中に存在しする(必ず存在するわけではない)病原体も注入されることがあり、ヒトに病気を発症させるのです。特に、2013年に国内で初めて発見されたSFTS(重症熱性血小板減少症候群)は致死率が高いため、マダニ類の生態解明は、病気防除の観点からも重要な研究課題と言えます。
        このように病気と関連があるため、マダニ類の研究は古くから数多く行われてきました。日本からは45種(ヒメダニ科4種を含む)が報告されています。しかし、筆者の住む鳥取県ではまだまだ研究例が少ないのが現実です。

鳥取県におけるマダニ相

  • 鳥取県は豊かな自然が多く残ることから多種多様な哺乳類が生息しています。そして、これらの動物がマダニ類の餌資源となることを踏まえると、たくさんのマダニ類も生息していると考えられます。しかし、鳥取県におけるマダニ類については精力的に研究されているとは言えず、どのような種類が分布しているのか、それらがいつ頃に多く発生するのかなど、基礎的なことは良くわかっていませんでした。
        例えば、私達が研究を開始した直後に発表された板垣ほか(2017)が公表されるまでは、鳥取県からは6種のマダニ類が報告されているに過ぎませんでした。そこで、鳥取市や八頭町など鳥取県東部の8地点で1年間、継続的にマダニ類を調べた結果、11種のマダニ類を確認することができました(柴田ほか, 2020)。さらに、その後、海岸の洞窟でコウモリマダニという種も発見されており(大生ほか, 2022)、(私が把握している限りでは)現在、13種のマダニ類が鳥取県から報告されていることになります。
    マダニ種リスト
    鳥取県におけるマダニ類の研究. 柴田ほか (2020) より転載.
    形態
    鳥取県で確認されたマダニ類. 左 = A: タカサゴキララマダニ (若虫), B: タイワンカクマダニ (幼虫), C: キチマダニ (成虫♀), D: タカサゴチマダニ (若虫), E: ヤマアラシチマダニ (成虫♀), F: ヒゲナガチマダニ (成虫♀), スケール: A, D 0.5 mm; B 0.3 mm; C, E, F 1.0 mm. 右 = A: フタトゲチマダニ (成虫♀), B: オオトゲチマダニ (成虫♀), C: タネガタマダニ (幼虫), D: ヤマトマダニ (成虫♀), E: アカコッコマダニ (若虫), スケール: A, B, D 1.0 mm; C 0.3 mm; E 0.5 mm. 柴田ほか (2020) より転載.
        発生時期は種によって異なり、年間を通して様々な種が出現していることも分かりました。(当たり前ですが)幼虫時期に特に個体数が増加し、ある地点では30分間の調査で20,000個体を超えるマダニ類の幼虫が採集されました(柴田ほか, 2020;実際に同定したのは約9,000で少なくともその倍は採集している)。
    季節変化
    フタトゲチマダニ (左), および, オオトゲチマダニ (右) の季節消長. 柴田ほか (2020) より転載.
        私は病気の専門家ではないのでマダニ感染症の詳しいことは分かりませんが、マダニ類の生態を調べた実感からは、自然に触れたらマダニ類に付着される可能性はあると考えるのが良いと思います。ちなみに、マダニ類は山奥にだけ生息する動物ではなく、身近な草木の生える環境にも生息しています。ただ、マダニ類はヒトに付着したのち、住み心地の良い所を探して放浪するため直ぐに吸血を始めません。したがって、屋外から帰ったらすぐに服を着替えることでマダニ類の刺傷を防ぐことはできると思います。私は数回、刺されたことがありますが。
    *季節変化は卒業研究のテーマでした。1万個体以上のマダニ類を丹念に種同定し、素晴らしい論文となりました!

鳥取県におけるシカとマダニ群集の関係

  • 近年、全国的にシカやイノシシが増加していますが、これらの動物はマダニ類の餌資源となるため、マダニ類もまた増加する可能性があります。一方、シカの増加は林床植生を減らし、そこに生息するネズミも減らすこと指摘されています。この場合、シカの増加がマダニ類を減らす可能性があります。このように、マダニ類の分野や個体数を決定する要因は非常に複雑で、その解明は古くて新しい研究課題といえます。
        鳥取県においてもシカが増加しており、林床の植物が根こそぎ食べられる事態が発生しています。それを踏まえて、希少植物の保護などの対策は少しずつですが進められています。しかし、シカの増加がマダニ類に及ぼす影響については全く調べられていませんでした。そこで、鳥取県東部のスギ林において、シカの糞塊数とマダニ類の個体数を調べました。
    シカとマダニ
    鳥取県東部におけるシカの糞塊数 (A), オオトゲチマダニ (B), フタトゲチマダニ (C), キチマダニ (D) の分布状況. Karasawa et al. (in press) より転載.
        まず、これまでの知見の通り、シカの糞塊数は若桜町や八頭町、智頭町など南東部で多く、これらの地域にシカが高密度で生息していることがわかりました。そして、鳥取県における優占種の一つであるオオトゲチマダニの分布もまた似た傾向を示すことがわかってきました。本種はシカの体表面からも多く見つかることから、本種の分布や個体数はシカの生息と関係がありそうです。つまり、シカの増加はオオトゲチマダニの個体数や分布域を拡大させる可能性があります。
        一方で、もう一つの優占種であるフタトゲチマダニの分布はシカの分布と明瞭な関係性がみられませんでした。さらに、キチマダニについては、むしろ、シカの少ないところで多くなる逆のパターンを示しました。当然ながら、全てのマダニ類がシカを利用しているわけではありません。例えば、イノシシは北東部の人家の近い地域でも個体数が多い印象があるので、フタトゲチマダニやキチマダニはイノシシの影響を受けているのかも知れません。さらに、ネズミ類やタヌキなどの影響も考える必要があるでしょう。これらは今後の課題です。
        マダニ類はヒトの病気を媒介するので厄介ものであることは間違いありません。しかし、多種多様なマダニ類が生息できているのは、多種多様な脊椎動物が生息していることを意味しています。つまり、マダニ類は豊かな自然を反映している、と捉えることもできる、、、かも。
    *本研究は、シカ-マダニを調べた卒業研究と、シカをより詳細に調べた卒業研究が柱となっています。

  • 関連文献
    • Karasawa S., Muto R., Harada M. (2023) Relationship between abundances of hard ticks (Acari: Ixodida: Ixodidae) and distribution of sika deer (Cervus nippon) in Tottori Prefecture, Japan. 衛生動物, in press.