ササラダニ類に関する研究
ササラダニ類とは
- ササラダニ類は、その名の通り「ダニ」の仲間だが、土壌に生息し主に落葉や微生物を食べる「ダニ」である。個体数密度が非常に高く、1m2に10万個体を超えることも珍しくありません。また、個体数だけでなく、多様性も高く、100ccの土壌を調べれば数十種を見つけることも可能です。
日本は比較的研究が進んでいる国の一つでこれまでに600種以上が報告されていますが、分類学者は少なくともその倍はいると考えらえているそうです。 - *現在はほとんど研究していません。近年の研究で、以前 (私が研究していた頃) 使われていたササラダニ亜目は単系統群ではないことが判明しています。しかし、ここでのササラダニ類は、コナダニ団 (亜目) を含まないグループをさしている。
マングローブ林とダニ
- ササラダニ類は土壌だけでなく、樹皮や枝葉、つまり、樹上にも生息しています。樹上に生息する動物を丸ごと調べた研究によると、ササラダニ類は樹上で最も個体数の多い節足動物の一つであることが分かっています。このような報告が多くなされると、次の興味は、樹上性の種と土壌性の種の関係でした。つまり、土壌性の種が樹上へ行ったり来たりしているのか、それとも樹上環境に特化した種がいるのか、という疑問です。
そこで、私は南国の海岸に生育するマングローブ林に注目しました。マングローブ林は海岸に生育する森林で、満潮時には森林の一部が海に沈むという特徴を持っています。海に沈んでしまうので、土壌のササラダニ群集は存在しません。したがって、マングローブ林の樹上環境にササラダニ類が生息していれば、それは樹上環境だけで生息できることを証明してくれます。
沖縄島と西表島のマングローブ林で、地表面の藻類、海水中に沈む樹皮、海水中に沈まない樹皮、枝葉でササラダニ類を調べたところ、海水中に沈まない樹皮や枝葉にもササラダニ類が生息することが分かりました (Karasawa and Hijii, 2004a)。また、この研究では、生息環境 (藻類、沈水樹皮、樹皮、枝葉) 間で種組成が大きく変化する一方で、400kmほど離れている沖縄島と西表島では差がありませんでした。これは地理的分布よりも微生息環境の多様性がササラダニ類の多様性に大きな影響があることを示しています。
- *修士論文 (琉球大学大学院) です。本当は違う研究をしたくて琉球大学に進学したのですが、試料が上手く採集できず悩んでいた頃に苦肉の策で生み出したネタです。
- 関連文献
- Karasawa S., Hijii N. (2004a) Effects of microhabitat diversity and geographical isolation on oribatid mite (Acari: Oribatida) communities in mangrove forests. Pedobiologia, 48: 245–255.
- Karasawa S, Hijii N. (2004b) Morphological modifications among oribatid mites (Acari: Oribatida) in relation to habitat differentiation in mangrove forests. Pedobiologia, 48: 383–394.
着生植物のダニ
- 樹上を調査するには木に登らなければならず、その実態解明は容易ではありません。1990年代頃から樹上環境への様々なアプローチ法が開発され、林冠生物学という言葉が生まれほど精力的に研究されるようになりました。その成果の一つが、森林における着生植物の重要性です。例えば、熱帯林では膨大な数のシダやコケが樹木に着生していますが、それらが森林内の物理的環境の大きな影響を及ぼすことが分かっています。また、着生植物は、動物に新しい生息環境を提供しており、着生植物内に生息する動物のバイオマスと樹木に生息する動物のバイオマスが同じという報告もあります。つまり、着生植物が付着することで、樹上環境の動物量が2倍に増えるのです。
まず、葉が展開した大きさが約2mに達する大型の個体を3個体採集して、そこに生息する動物を可能な限り種同定しました、、、といっても、到底、私1人では同定できないので、総勢17名の協力を受けて研究を行いました。その結果、オオタニワタリから27,867個体267種の動物を採集しました (同定できなかった動物群もある)。これによって、ヤンバルの森のオオタニワタリには、数多くの土壌動物が生息していることが分かりました。
さて、森林の多様性における着生植物の影響を調べるのに注目したのがササラダニ類です。もちろん、それまで私が研究していたという理由が大きいですが、何度か上記したように、ササラダニ類は、土壌と樹上、さらに着生植物に個体数・種数ともに豊富に生息しているため、森林を網羅的に調べるのに好都合だと考えました。研究のアプローチは、[土壌、樹皮、葉、枝]のササラダニ類を調べ、これを着生植物が生息しない森林とみなし、これと着生植物が生育する森林[土壌、樹皮、葉、枝、着生植物]でササラダニ類の種数が異なるか比較をしました。
結果は、着生植物の存在は森林全体の多様性を大幅には増加させない、というものでした (Karasawa and Hijii, 2006a)。理由は、オオタニワタリは樹上に付着しているにも関わらず、そこには土壌性の種が生息しているためです。これはオオタニワタリが樹上で生きていける特性と関連しています。オオタニワタリは樹木に付着しているだけで寄生はしていません。当然、地面に根を伸ばすことはできないので、土壌中の栄養を摂ることができません。そこで、葉を広く展開して落葉を受け止め、それを分解して栄養を摂っています (多分)。つまり、樹上環境に土壌を作り出しているのです。これを専門的には懸垂土壌 (Suspended soil) と言い、土壌動物の生息環境となっていたのです。ただし、林床土壌では密度が低い種が優占種になっており、種間関係に違いが生じている可能性もあります (唐沢, 2006)。また、これに関連する一連の研究では、オオタニワタリの大きさによって堆積する落葉やササラダニ類・トビムシ類の個体数が変化すること (Karasawa and Hijii, 2006b)、オオタニワタリの個体内でも落葉部分とそれが分解した根部では種組成が大きく異なること (Karasawa and Hijii, 2006c)、土壌には単為生殖をする種が多い一方で樹上には両性生殖する種が多いこと (Karasawa and Hijii, 2008)、なども調べました。 - *博士論文 (名古屋大学大学院) の中心テーマです。朝から晩までずっと顕微鏡を覗き、10万個体のササラダニ類を同定しました。この経験のおかげで、形態変異を的確に認識できるようになり記載をできるようになりました。
- 関連文献
- 唐沢重考 (2006) 懸垂土壌におけるササラダニ群集の多様性. Edaphologia, 79: 27–40.
- Karasawa S., Hijii N. (2006a) Does the Existence of Bird’s Nest Ferns Enhance the Diversity of Oribatid (Acari: Oribatida) Communities in a Subtropical Forest? Biodiversity and Conservation, 15: 4533–4553.
- Karasawa S., Hijii N. (2006b) Determinants of litter accumulation and the abundance of litter-associated microarthropods in bird’s nest ferns (Asplenium nidus complex) in the forest of Yambaru on Okinawa Island, southern Japan. Journal of Forest Research, 11: 313–318.
- Karasawa S., Hijii N. (2006c) Effects of distribution and structural traits of bird’s nest ferns (Asplenium nidus) on oribatid (Acari: Oribatida) communities in a subtropical Japanese forest. Journal of Tropical Ecology, 22: 213–222.
- Karasawa S., Hijii N. (2008) Vertical stratification of oribatid (Acari: Oribatida) communities in relation to their morphological and life-history traits and tree structures in a subtropical forest in Japan. Ecological Research, 23: 57–69.
- Karasawa S., Beaulieu F., Sasaki T., Bonato L., Hagino Y., Hayashi M., Itoh R., Kishimoto T., Nakamura O., Nomura N., Nunomura N., Sakayori H., Sawada Y., Suma Y., Tanaka S., Tanabe T., Tanikawa A., Hijii N. (2008) Bird’s nest ferns as reservoirs of soil arthropod biodiversity in a Japanese subtropical rainforest. Edaphologia, 83: 11–30.
種分類
- 上記したように、私は樹上環境や海岸など、ササラダニ類の本来の生息環境 (土壌) ではない環境を対象に研究をしてきました。日本は、世界的にみてもササラダニ類の研究者が多く存在しており、盛んに研究が行われている国ですが、それでも樹上や海岸の研究はほとんど行われておらず、採集した種のほとんどが図鑑には載っていないものばかりでした。
- 新属として報告 (その後変更になった?)
- Rhizophobates Karasawa & Aoki, 2005
- 新種として報告 (その後変更になった種もある?)
- Fenestrella japonica Aoki & Karasawa, 2007
Rhizophobates shimojanai Karasawa & Aoki,2005
Schusteria nagisa Karasawa & Aoki, 2005
Schusteria saxea Karasawa & Aoki, 2005
Symbioribates aokii Karasawa & Behan-Pelletier, 2007
- Fenestrella japonica Aoki & Karasawa, 2007
- 日本初記録として報告
- Alismobates reticulatus Luxton, 1992
Arotrobates granulatus Luxton, 1992
Fortuynia rotunda Marshall & Pugh, 2002
Maculobates bruneiensis Ermilov, Chatterjee & Marshall, 2013
- Alismobates reticulatus Luxton, 1992
- *Maculobates bruneiensisは修論テーマとして学生が中心となって研究をしていた。大学院を終了後、誰も記載しないだろうとしばらく放ったらかしにしておいたら、投稿中に新種記載の論文が出るという、とても悔しい (というか申し訳ない) 経験をした。論文は、種の報告だけでなく、系統解析もしていたので無事に受理されたけど。
- 関連文献
- Aoki J., Karasawa S. (2007) A New Species of the Genus Fenestrella (Acari: Oribatida) from Okinawa, Japan. Journal of the Acarological Society of Japan, 16: 5–9.
- Iseki A., Karasawa S. (2014) First record of Maculobates (Acari: Oribatida: Liebstadiidae) from Japan, with a redescription based on specimens from the Ryukyu archipelago. Species Diversity, 19: 59–69.
- Karasawa S., Aoki J. (2005) Oribatid mites (Arachnida: Acari: Oribatida) from the marine littoral of the Ryukyu archipelago, southwestern Japan. Species Diversity, 10: 209–223.
- Karasawa S., Behan-Pelletier V. (2007) Description of a Sexually Dimorphic Oribatid Mite (Arachnida: Acari: Oribatida) from Canopy Habitats of the Ryukyu Archipelago, Southwestern Japan. Zoological Science, 24: 1051–1058.