鳥取大学 農学部 多様性生物学研究室

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サソリモドキ類に関する研究

サソリモドキ類とは

  • サソリモドキ類は、その名前から推測できるように、一見すると「サソリ」と勘違いしそうな動物です。しかし、「モドキ」とあるように、良く見ると「サソリ」の代名詞である毒針はなく、その代わりに鞭状の尾が生えています。そのため「ムチサソリ」と呼ばれることもあります。「サソリモドキ」は英語では「Whip Scorpion」と言い、直訳では「ムチ サソリ」となります。少し混乱しそうですが、「サソリ モドキ(蠍 擬)」をそのまま英語に訳すと「Pseudo Scorpion」となりますが、これは「カニムシ類」の英語訳です。
    アマミサソリモドキ
    アマミサソリモドキ.
        サソリモドキ類の最大の特徴は、刺激を与えると尾部から酸っぱい匂いがする分泌液を噴出することです。酸っぱい匂いがするのは、この分泌液の主成分が酢酸だからです。このような特性から「ヘヒリムシ」とい方言名もあります。英語では「Whip Scorpion」と言うと書きましたが、「Vinegaroon」とも言い、これは「Vinegar=酢」を出す特性に由来しています。
        方言つながりでもう一つ。サソリモドキの方言名で「ハカムシ」というのがあります (私自身は、実際に聞いたことありません)。漢字で書くと「墓虫」です。熊本県天草市の牛深では、この動物はナゼか墓地周辺でのみ発見され、それ以外の地域ではほとんと見られないことが由来です。私も牛深に行ったことがありますが、やはり墓地でしか発見することができませんでした。
        最後になりますが、サソリモドキ類は、分類学的にはクモガタ綱(Arachnida)に所属し、上記したサソリ類やカニムシ類の仲間です。熱帯を中心に100種程度が知られており、日本からは固有種のアマミサソリモドキ (Typopeltis stimpsonii (Wood, 1862)) と日本と台湾に分布するタイワンサソリモドキ (Typopeltis crucifer Pocock, 1894) の2種が知られています。

分布の境界

  • 私は「種同定が難しい」動物を研究材料にすることが多いのですが、サソリモドキ類は日本に2種しか生息しておらず、成虫であれば比較的容易に種同定できます。では、なぜサソリモドキ類を研究材料にしたのでしょうか。それは、分布情報が非常に曖昧であったからです。上記したようにサソリモドキ類は、本来、熱帯性の動物で、日本では琉球列島の島々に生息しています。土壌動物としては大型の動物であり、比較的容易に発見・種同定できるので分布情報は他の土壌動物に比べると正確であると思われるのですが、2種の分布境界については、曖昧な点が残っていました。
        地球上には、生物相が急激に変化する地域がいくつかあります。生物地理学で分布境界線と呼ばれます。日本国内で特に有名なのは、トカラ列島の悪石島と宝島の間にある渡瀬線です。ここには水深1000 m以上の深い海峡 (トカラ海峡) があり、氷河期に海水面が低下しても陸続きにならなかったため、ここを境に生物相が大きく異なっていると考えられています。 例えば、毒ヘビで有名なハブは、渡瀬線以南にしか分布していません。また、沖縄諸島と宮古諸島の間は蜂須賀線と呼ばれ、鳥類相が異なるとされています。
    分布境界線
    代表的な分布境界線の渡瀬線 (トカラ海峡) と蜂須賀線 (ケラマ海峡).
        上記したように日本には2種のサソリモドキが生息しています。タイワンサソリモドキは主に蜂須賀線よりも南の八重山諸島に、タイワンサソリモドキは主に蜂須賀線よりも北の奄美諸島以北に分布しているのですが、沖縄諸島の中では、より北に位置する伊平屋島にタイワンサソリモドキ、より南に位置する伊是名島にアマミサソリモドキが分布しており、2種の境界線が入れ子状態と報告されていました。
        そこで、日本各地でサソリモドキを採集して、形態観察や遺伝子解析を行いました。残念ながら伊平屋島では採集できていないのですが、伊是名島では採集することができました。また、報告例の少ない沖縄島や、報告例のなかった久米島でも採集することができました。そして、まとめて解析をした結果、伊是名島だけでなく、同じ沖縄諸島の沖縄島や久米島に分布する種は全てアマミサソリモドキであることがわかりました。また、これらの集団は、他のアマミサソリモドキから遺伝的に区別できることもわかりました。つまり、この地域で永く独自の進化をしてきたのです。これらの事実は、伊平屋島のタイワンサソリモドキは人為的な持ち込みな偶然に持ち込まれた可能性が高いことを示しています。
    サソリモドキの系統地理
    日本産サソリモドキ類の系統地理. Karasawa et al. (2015), より転載.
        私はタイワンサソリモドキは慶良間海峡よりも南に分布する種と考えているのですが、遺伝子解析の結果から、その分布域内でも島間で遺伝的に分化していることがわかりました。したがって、同種であっても島間で移動してはいけません。もし移動して交配が成功すると、各島で経験した永い進化の歴史が失われてしまう可能性があるからです。
        一方、アマミサソリモドキの遺伝的分化は、そう単純でないことも分かりました。沖縄諸島や奄美諸島では遺伝的分化が認められたものの、本州や四国でみつかる個体はほとんど遺伝的変異がないことがわかりました。この結果や文献情報から、私は以下のような仮説を立てています。
        「アマミサソリモドキの原産地は沖縄諸島や奄美諸島である。過去、奄美大島から八丈島に植物に移植が行われ、この際にアマミサソリモドキも持ち出された。その後、八丈島から販売目的で植物が移動されることにともなって、全国各地にアマミサソリモドキも移動している。」
        つまり、本州でみつかるアマミサソリドモキは外来種の可能性が高いのです。これらは、住宅地や施設内で良く見つかることからも支持されます。ただ、アマミサソリモドキは繁殖に時間がかかり、爆発的に個体数を増やすことができないようなので、持ち込まれた先で問題を起こす可能性が低いです。したがって、目くじらを立てずに発見したら駆除(できれば私に連絡を)することで対応するのが良いと思います。ただし、尾部から噴出される酢酸が目に入ったり、皮膚に付着すると炎症を起こすので、触れる際には注意が必要です。
    *本格的に系統地理学的研究を手を出した初めての研究。この研究を通して、始めて遺伝子実験をしたり、離島にサンプリングに行ったりと、現在の基礎が形作られた。初めて担当した修士学生(セカンドオーサー)の活躍も大きかった。

  • 関連文献
    • Karasawa S., Nagata S., Aoki J., Yahata K., Honda M. (2015) Phylogeographic study of whip scorpions (Chelicerata: Arachnida: Thelyphonida) in Japan and Taiwan. Zoological Science, 32: 352–363.
    • 唐沢重考・緒方則彦・三浦大樹・粂川義雅・長田諭実・本多正尚 (2021) アマミサソリモドキ Typopeltis stimpsonii (Wood, 1862) の分布状況および系統地理学的考察. Edaphologia, 109: 19–31.