鳥取大学 農学部 多様性生物学研究室

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鳥取砂丘・鳥取県の動物に関する研究

鳥取砂丘の動物

  • *鳥取砂丘は国立公園特別保護地区、特別天然記念物に指定されており、砂や動植物の持ち出しは一切禁止されています!ここに記載されている研究は、全て関係機関に許可を得て行っています!
    鳥取砂丘は一見すると何も生物が生息していないように感じますが、一歩足を踏み入れると、所々に植物が生育していることに気づくはずです。さらに頑張って目を凝らすと、実は様々な動物も生息しているのです。2012年に行われた研究によると600種以上の昆虫が鳥取砂丘から報告されています(鶴崎ほか, 2012)。
    オアシス
    雨が降ると通称オアシスと呼ばれる巨大な水溜りが出現する. この周辺には様々な動植物が生育する.
        鳥取砂丘に生息する動物の中には、広大な砂地環境にしか生息できない種がいます。しかし、このような砂地環境は現在、日本各地で姿を消しつつあるため、砂地を好む動物にとって鳥取砂丘は最後の楽園となりつつあります。その事実を反映するかのように、鳥取砂丘にはカワラハンミョウやイソコモリグモなど数多くの絶滅危惧種が生息していることが分かっています。したがって、これら希少な動物を今後も永続的に維持することは、生物多様性保全の観点から極めて重要な課題と言えます。
        一方で、鳥取砂丘は鳥取県で最大の観光地であり年間100万人を超える観光客が訪れます。上記で紹介したように鳥取砂丘に生息する動物の多くは、砂地に生息しているため観光客の踏圧は少なからず、それら動物に影響を及ぼします。また、鳥取砂丘は、その地形そのものの価値が非常に高く、地形や景観を保全することも大事です。実は、砂丘内に植物が繁茂すると砂が動かなくなり、現在の地形・景観が維持できません。したがって、地形・景観を維持するためには定期的に除草を行う必要があります。
        すなわち、鳥取砂丘では、観光地として利用しつつ、また、地形・景観維持のために定期的に除草を行いながら、希少な動植物を保全するという微妙なバランスが求められています。そのためには、鳥取砂丘内の生態系を詳しく理解する必要があり、より深い理解を目指して本研究室では研究を行っています。

  • 関連文献
    • 鶴崎展巨・林成多・宮永龍一・一澤圭・川上靖 (2012) 鳥取砂丘の昆虫類目録. 山陰自然史研究, 7: 47–82.

エリザハンミョウの個体群動態

  • 生物を保全する上で最も基本的な情報は個体数です。絶滅とは個体数がゼロになることなので当然しょう。鳥取砂丘ではエリザハンミョウという昆虫を対象に2015年から個体数調査が行われています。この研究を開始したのは私ではなく、鳥取大学名誉教授の鶴崎展巨先生です。鶴崎先生が鳥取大学を退官されてからは本研究室が引き継いで調査を行っています。
        エリザハンミョウは全国的には絶滅の危機に瀕している動物ではありません。では、ナゼこの動物に注目したのでしょうか。まず、本種は幼虫の時期、砂地に穴を掘り、そこにじっと潜む生活をするため観光客の踏圧を受けやすい動物と言えます。また、生息場所がオアシス周辺(上記の写真を参照)に限定されており、観光客のメインストリートに隣接しているため観光客の影響を受けやすく、さらに、分布域が限定されていることから全個体数調査が可能という長所があります。
        研究を開始した2015年には合計374個体(同一個体の重複あり)のエリザハンミョウが確認されました。そして、このデータを基にJolly-Seber法にて個体数を推定すると約2,000個体という値が算出されました。その後、発見される個体数は徐々に減少し2019年には24個体のみとなりました。この年は、再発見個体数が少なくて個体数推定ができない状況でした。
        この状況を踏まえ、保護柵を設置したり、除草作業時に注意を払って頂くようにお願いしたりと保全策が講じられました。その結果、2020年には発見個体数が70個体に増加し、2021年、2022年はいずれも200個体を超えています。
    エリザ
    エリザハンミョウの採集個体数と発見個体数(重複なし)の経年変化.
        2017年頃からみられたエリザハンミョウの急激な個体数の減少は何が原因だったのでしょうか。野外で起こることに完全な答えを見つけることは難しいです。例えば、ここ数年、エリザハンミョウが発生する6月中旬から8月にかけて災害級の大雨が降ることがしばしばあります。その一方で、記録的な高温や乾燥も良く発生します。このような自然現象が影響したことに疑いはありません。
        加えて、2016年にリリースされたスマフォゲームのポケモンGOに関連したイベントが鳥取砂丘で開催されたことで、短期間に集中して観光客が訪れたことも影響したと考えられています。特に、このイベントでは日程的に人が集中しただけでなく、砂丘内でもエリザハンミョウの生息地に人が集中してしまいました。そもそも砂丘で生息できている動物は、ある程度の踏圧の影響は耐えられるはずなので、イベントが全てダメということではありません。集客が見込まれるイベントを実施する場合には、局所的に集中させないような方法を検討する必要があるだろうと考えています。
        では、2020年以降の個体数の増加の原因は何でしょうか。私はコロナ感染症蔓延による観光客減少がプラスに働いたのではないかと考えています。誤解してはいけないのが、コロナ感染症が発生する前にも同程度の個体数は生息していたことから、無理に観光客を減らす必要はありません。急激に減少した個体数が復活するのにプラスに働いたと考えるのが良さそうです。
        私はこのデータを初めて見た時、「おっ」と驚きました(当時は個体数の減少のみが示唆されていました)。ナゼなら、ポケモンGOもコロナ感染もなかった2015年に調査が行われていたためです。もし、このときのデータがなく、2018年から調査を始めていたら「観光客が減って異常増加している」と解釈したかも知れません。つまり、環境変化や人為的影響を評価するためには、それらが起こる前の自然の状態を記録しておく必要があるのです!

  • 関連文献
    • 唐沢重考・瀬口紗也・小田紋加 (印刷中) 積極的な観光客誘致が進む鳥取砂丘の昆虫多様性モニタリング法の確立と実践. 自然保護助成基金助成成果報告書.
    • 鶴崎展巨 (2015) 崖っぷちの海岸性昆虫. 昆虫と自然, 50: 2–3.
    • 鶴崎展巨 (2020) エリザハンミョウ鳥取砂丘集団の個体数の危機的な減少—2018年の標識再捕調査結果—. 山陰自然史研究, 16: 1–7.
    • 鶴崎展巨 (2021) 鳥取砂丘の希少昆虫 (ハンミョウとアリジゴク) の生態学と保全. 海洋と生物, 43: 50–57.
    • 鶴崎展巨・唐沢重考 (印刷中) エリザハンミョウ鳥取砂丘集団の個体数の回復—2019−2020年の標識再捕調査結果—. 山陰自然史研究.
    • 鶴崎展巨・川上大地・太田嵩士・藤崎謙人・坂本千紘 (2015) 鳥取砂丘におけるハンミョウ類の分布・生活史と1種の絶滅. 山陰自然史研究, 11: 33–44.
    • 鶴崎展巨・岡田叡・沓野高也・深澤豊武・湯本祥平 (2016) 鳥取砂丘におけるエリザハンミョウの個体数推定 (2015年). 山陰自然史研究, 13: 1–10.
    • 鶴崎展巨・唐沢重考・柴田祥明・飯田礼康・越田佳苗・塚本錬平・長谷川和樹・福井順也・村瀬真史・和田将典 (2017) 鳥取砂丘におけるハンミョウ2種の成虫の季節消長とエリザハンミョウの個体数推定 (2016年). 山陰自然史研究, 14: 9–16.
    • 鶴崎展巨・唐沢重考・石川智也・猪野真也・岸田由幹・白岩颯一郎・千葉悠輔・服部理貴・福井二葉・武藤 諒 (2018) エリザハンミョウ鳥取砂丘集団の急激な個体数減少—2017年の標識再捕調査結果—. 山陰自然史研究, 15: 7–14.

鳥取砂丘のモニタリング法の開発

  • 上記でも述べたように生物多様性を適切に保全するには、普段から対象となる生物の個体数や分布域をモニタリングし、異変が確認されたら迅速に対策を講じることが大事です。対策が早ければ小さなコストで大きな効果が得られる一方、危機的な状況に陥ると、どんなに頑張っても手の施し用がないこともあります。つまり、人間の健康診断と同じように自然も定期的に健康診断することが健康維持には不可欠なのです。エリザハンミョウの例は鳥取砂丘における成功例と言えます。
        上記したようにエリザハンミョウは全国的には絶滅の危機に瀕している訳ではありません。鳥取砂丘の環境指標としては有用ですが、やはり絶滅危惧種をモニタリングしなければならない、と考えるのは当然のことでしょう。私もそう考え、カワラハンミョウ、ニッポンハナダカバチ、イソコモリグモなどのレッドリスト掲載種を対象にモニタリングを始めようと思いました。ここで2つの壁にぶつかりました。
        まず1つ目の壁は、これらの動物はエリザハンミョウとは異なり、砂丘全域に分布していることです。正確には全域に満遍なく分布しているのではなく、好きな場所はあります。そこで、それぞれの動物が好む場所に調査区を設置し、その調査区を継続的に調査することを考えました。ここで2つ目の壁にぶつかります。砂丘は砂地なので、強い風が吹くと簡単に地形が変化しますが、それにともない動物の好きな場所も変化することがわかったのです。このように砂丘内で少しずつ生息場所を移動しながら、全体として維持されるのが鳥取砂丘の動物相の特徴なのでしょう。
        「面白いことを知った」と喜ぶわけにはいきません。どうにかして動物の現状を定量化する方法を考えなければなりません。そこで、覚悟を決めて、ただひたすら砂丘内を散策し、動物の確認場所を記録していきました。この調査は2021年と2022年に学生と一緒に行い約250 kmを踏査しました。
    踏査
    2021年 (青), および, 2022年 (赤) における全域調査に踏査経路.
        その結果、いずれの年も1,700地点以上で動物(巣や遺体も含む)を確認することができました。ここからが問題でした。というよりも現在進行形で検討が続いているのですが、1,700地点をそのまま、2021年、2022年の動物の分布データとして使うと色々と間違った解釈を与える可能性があるのです。
        例えば、アリを想像してください。アリを全個体、数えるのは流石に無理というのは理解してもらえるでしょう。また、飛翔する昆虫は、同じ個体を重複してカウントすることもあったでしょう。つまり、発見記録 ≠ 個体数なのです。エリザハンミョウは生息域が限定されているため、全ての個体にマークをつけて徹底的に調べることができるので、このような問題はありませんでした。
        そこで、個体数の評価は諦めて分布面積での評価を検討しました。ここでも問題が出てきました。砂丘に生息する昆虫の多くは外周の林縁近くに分布するため、それらを結んでしまうと結局、全域が範囲となりあまり意味がないのです。そこで、カーネル密度や最高密度区間など発見地点の密度を考慮することで、高頻度で発見される地点の面積を計算することを検討しています。
    面積
    ニッポンハナダカバチの発見地点 (左上), 分布域の輪郭 (右上), カーネル密度推定 (左下), 最高密度区間 (右下).
        しかし、上記の図からも分かるように、実際には確認されていない面積をかなり含んだ評価になってしまいます。保全を優先するならばそれでも良いのですが、鳥取砂丘は積極的に利用する必要もあるため過大評価のし過ぎは良くありません。そこで、もう一つの方法が、鳥取砂丘を一定の大きさのメッシュに区分し、そのメッシュの数で評価する方法です。植物ではすでに行われている方法ですが動物でも実施してみました。過去に砂丘全域で報告されているアリを対象にした解析では、発見地点数では2022年の調査の方が多かったにも関わらず、50 mメッシュに換算すると過去の方がメッシュ数が多い結果となりました。これは、2022年の調査では同じ場所で多数のカウントをしたと解釈できます。もちろん、これが生物の実態を示しているかの知れません。一方で、2022年の調査員が几帳面で発見したアリを全てカウントしたのかも知れません。いずれにせよ、メッシュで評価することで局所的に集中して得られたデータの影響は小さくできることがわかりました。
    メッシュ
    ニッポンハナダカバチの発見地点を25mメッシュ (左上), 50mメッシュ (右上), 100mメッシュ (左下), 250mメッシュ (右下) に格納した分布図.
        ただ、メッシュ法にも課題があります。それはメッシュサイズをどれぐらいに設定するかです。例えば、1辺2 kmに設定すれば、砂丘全域がほぼ含まれてしまいます。適したメッシュサイズは昆虫の特性によって異なると考えています。この点は大きな課題なのですが、あまり心配していません。というのも、これらの解析は全てRを使って実施しているため、メッシュサイズを変更してカウントするのは一瞬で終わります。つまり、色々なサイズでデータを集積し、総合的に比較するのが現実的だと思います。とは言え、集中して分布する動物のカウント方法など、今後も検討を続けて鳥取砂丘のモニタリングマニュアルの作成を早期に完成させられるよう調査・検討を続けています。
  • *本研究は、プロ・ナトゥーラ・ファンド助成「積極的な観光客誘致が進む鳥取砂丘の昆虫多様性モニタリング法の確立と実践(2020年10月〜2022年9月)」の助成を受けて行いました。また、卒業論文(1名)、修士論文(1名)でも一部扱いました。

  • 関連文献
    • 唐沢重考・瀬口紗也・小田紋加 (印刷中) 積極的な観光客誘致が進む鳥取砂丘の昆虫多様性モニタリング法の確立と実践. 自然保護助成基金助成成果報告書.